Copacabana.

Good Day,and Good Monochrom.

Page279:LEICAとの距離感。

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LEICAにカブれていた去年とは違い、ここ最近熱量も落ち着いてきてショット数も一日数枚程度。「気持ちが冷めてしまったのか?」と思ったんだけど実はそうでもない。鞄には毎日持ち歩いているし、以前なら撮らない日があれば罪悪感に駆られる事もあったが、最近はむしろ撮らない時間はカメラとの距離をよく考えるようになった。

 

僕はカメラをどう考えているのか?使ってみたいから買うのか、それとも自分が撮りたい写真のスタイルがあるから必要なカメラを買うのか。

心が惹かれる写真を撮る方々は概ね購入動機は後者に当たるだろう。

 

「じゃあ僕は?」残念ながら、と言えば良いのか前者の捉え方だ。だから写真そのものをよく学ばないと貴方は上達はないかな、って誰に言われてる気がする。厳しいが感動する写真撮ってる人はカメラから入ってないよ。必然なんだ、あの人達は。悔しいけどそう。

しかし落胆も程々に、だ。

別の意味でLEICAを使い始めていい経験として捉えていることもあるから、焦るな。と思う自分も居る。

 

LEICAを使い始めなければ、ここまで写真という一つのアートを考えることもなかっただろうし、良いカメラがあってこそ、良いモチベーションで写真を撮ろうという情熱も生まれてくる。他のカメラでもそう思うかも知れないが、LEICAマジックは意外に侮れない。

M Monochiromを使い始めてから、セイケトミオ氏や石井泰久氏などのMM使いの写真家の作品もよく見るようになった。写真芸術を目にする頻度が増えたのもカメラの機種による恩恵も大きいだろう。

 

だから良くも悪くもLEICAは所有すると内なる面から変わってゆく。というのはあながち間違いではないと思う。

僕のようなライカ凡人は考えすぎて余裕が無くなる事もあるけど、凡人なりに一つ一つ考えてゆけば良いのだろうし所有する事で今までとは違う、カメラの深淵を覗く方々の世界観も多少なりとも理解できるようになった。

その辺りは新興メーカーを使っていると中々情報として入ってこないから、純粋に勉強になる。LEICA凄いなって。

 

だから僕にとってはLEICAは持て余すかな?って感じる事も時々あるけど、持たないと分からない世界があるのも事実。自身を成長させる意味を込めて、もう少しこのカメラと付き合ってゆこうと思う。実際使ってて楽しいしね。

 

 

写真は月桃の葉が鬱蒼としている娘の幼稚園。独特な香りがする月桃の葉は、沖縄では無病息災を願う「ムーチー」と呼ばれる行事に欠かせない。